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福岡高等裁判所 昭和24年(つ)1187号 判決 1950年7月21日

被告人

森泰輔

主文

本件控訴は之を棄却する。

理由

弁護人香田広一の控訴趣意第三点に付いて。

原判決に証拠として挙示してある佐伯勝己、渡辺次郞の各司法巡査に対する第一回供述調書中同人等の供述記載によれば被告人は大和実業株式会社伊万里出張所長が自己の責任において見習社員として採用したものであり、当時未だ正式社員としての採用形式は採つて居らず、定まつた主務も与えられず右出張所長及幹部の命により不特定の社務に従事していたものであること、並に昭和二十四年五月六日から同月十六日まで右出張所外務主任渡辺次郞が欠勤するに付同人より右期間における伊万里町海岸方面の日掛集金(社務)の代行を委任されていたものであること明白である。かかる場合被告人が正式社員でなく見習社員に過ぎなかつたとしても又集金そのもので自己元来の職務でなかつたとしても正当権限者からその者の職務の代行を命ぜられたものである以上右委任に基く代行々為そのものは被告人の職務行為と謂うべく然らば右代行によつて集金した金員を橫領した場合業務上橫領罪を構成する勿論であるから本論旨も理由がない。

(弁護人香田広一の控訴趣意第三点)

原判決は重大なる事実の誤認あるものと疑うに足るべき顯著なる事由あるのみならず擬律錯誤の違法あるものと信ずる。

原判決はその理由に於て、第二云々(一)云々(二)云々と説示して被告人を業務上橫領罪に問擬処断されて居る、然れども被告人が為した行為であつて刑法第二百五十三条にいわゆる業務行為に該当しないとせば素より業務橫領罪を構成すべきものではない、それで被告人を業務上橫領罪に問擬処断しようとするならば此の被告人の行為が果して被告人の適法なる職務行為と言い得るや否や此の点を審按先決しなくてはならない。そこでこの点について記録を調査するに大和実業株式会社伊万里出張所長佐伯勝己は、(四)森君の業務としては一定の主務としてはありませんが今日迄は重に内勤事務に従事させて居りました。(五)、云々私も正式な社員でなし私個人で使つて居りますから外の社員の様に小言も申しませんでした其の内、外務主任渡辺次郞君が家事の都合に依り十日位欠勤するから海岸附近の集金をやつて呉れと賴みその集金二千七百円を無断で使込んだと言う報告がありましたので私は主任にその内容を調査させました次第であります(記録第五一丁第五二丁)と供述して居り被告人は四月分は千円程貰い五月分は貰つて居りませんでしたから貰うとしたら三、四千円はあると思い若し貰えない場合には義兄から貰うつもりでした(記録第四五丁)と供述を為して居る。依是観是被告人は大和実業株式会社伊万里出張所長が個人として俸給の定めもしないで便宜雑務に使用せられ居たものであつて右会社の雇人であらざる事を明認するに十分である、従つて被告人は右会社事務に携はるの権利もなく又義務もない事は明らかである、殊に金銭出納等の重要なる会社事務に自己の業務として携り得ない事は寔に明白なる事実である、それで本件金銭の受領は右会社伊万里出張所の外務主任から依賴せられた儘に便宜一時代行したに過ぎないのであるから之を採つて以つて右会社の業務行為と為すことは妥当ではない故に之は刑法第二百五十三条にいわゆる業務の対象とはなり得ないものである。

然るに原審は此の点を全然勘案せず之を看過し只漫然と被告人等を業務上橫領罪として問擬処断したことは正に重大なる事実の誤認ありと疑うに足るべき顯著なる事由あるものと信ずる。

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